入国禁止令がU.S最高裁で容認された背景にある「トランプ大統領の持つ大いなる権限」とは 

入国禁止令がU.S最高裁で容認された背景にある「トランプ大統領の持つ大いなる権限」とは 
6月 28, 2017 山久瀬洋二
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入国禁止令がU.S最高裁で容認された背景にある「トランプ大統領の持つ大いなる権限」とは 

“The Supreme Court Monday allowed part of President Donald Trump’s travel ban to go into effect.”

連邦最高裁判所は、月曜日にトランプ大統領の入国禁止の大統領令の一部を容認-CNN Newsより

今日、思わぬニュースが飛び込んできました。
トランプ大統領の中東7カ国からの入国を制限した大統領令について、連邦最高裁判所が、部分的にそれを容認する決定を下したのです。
このニュースの背景にある、連邦最高裁判所とトランプ大統領との制度上の関係について、今日は解説します。


アメリカ大統領が持つ大いなる権限


アメリカでの三権分立を考えるとき、アメリカ国民が最も気にしている大統領の権限があります。

それは、連邦最高裁判所の判事を任命する権利を大統領が持っていることです。

最高裁判所の判事は終身制ですが、欠員がでてきたとき、大統領は自らの考え方に近い判事を指名し、欠員を補充することができるのです。
共和党の大統領が選ばれ、保守色の強い判事が任命されると、民主党を支持する有権者は警戒します。
トランプ大統領の場合は、特に保守色の強い大統領だけに、判事任命の権利の行使には多くの人が神経を尖らせていたのです。

アメリカの大統領は、議会を通った法案を拒否する拒否権も行使できます。
同時に、今回話題になった入国制限の大統領令に対して、連邦裁判所が当初違憲の可能性があるとして待ったをかけたように、司法は常に行政が合法的に業務を遂行しているかどうか迅速にチェックする機能も有しているのです。
さらに、そしてそんな裁判所の判断をチェックするために、議会は大統領のみならず、最高裁判事のimpeachも議決することができるのです。

こうした背景にのっとって、トランプ大統領としては、できるだけ自分の政策に同情的な最高裁判事を任命したかったことはいうまでもありません。
そして、今年の4月にそんなチャンスが訪れました。トランプ大統領が保守系のゴーサッチ判事を任命したのです。これによって、共和党系の大統領が任命した判事の数が、民主党の大統領が選んだ判事の数を上回ったことになります。それが最高裁判所の決定に影響を与えたことはいうまでもありません。


トランプ大統領を脅かす”impeach”弾劾


この大統領令をめぐる話題と並行して、今、議会の大統領に対する弾劾の動きに、トランプ大統領が神経をすり減らしていることも知っておく必要があります。
「弾劾」を英訳すれば”impeach”となります。

大統領選挙のとき、クリントン候補に不利になるようロシアが画策したのでは、という疑惑。そしてその疑惑の調査をトランプ大統領自身が意図的に妨害したのでは、という疑いを持たれ、議会がヒアリングを行っているのです。
選挙でのロシアの関わり方や、FBIなどの調査に関する大統領の不正行為が暴かれれば、議会はトランプ大統領を弾劾することができるというわけです。
こうした逆風の中での今回の連邦最高裁の判断は、トランプ大統領にとってはありがたい「さわやかな風」となったはずです。

impeachは、近代民主主義国家の基本となる三権分立(separation of power)での、行政の長へのチェック機能の中でも最も厳しい処断といえましょう。
三権分立は、一つの機関や王などの個人に権力が集中し、市民を弾圧することを防ぐために編み出された司法、行政、立法をそれぞれ分離し牽制させる制度のことです。

アメリカはその三権分立が極めて明確に規定されている国家なのです。

アメリカでは大統領は国民が選挙人を通して大統領を選びます。
大統領はそのまま元首となり、定められた期間、国家を運営する権力を与えられます。

大統領の任期は4年ですが、その期間中に大統領を罷免することができる唯一の方法が議会による弾劾、つまりimpeachというわけです。
議会は大統領が法を守り、国の舵取りをしているかどうかを厳密にチェックすることができるのです。この議会の動きがどれだけトランプ大統領にとってストレスかは、容易に想像できるはずです。


アメリカと日本。国と人の距離について考える


ところで、日本の場合は、国民が国会議員を選挙で選び、そこで多数を占めた党が首班を指名する形で、内閣ができあがります。

この制度の元で、議会が内閣の運営の方法に疑念を抱いた場合、議会は内閣不信任案を提出し採決することができます。しかし、それに対抗して首班である内閣総理大臣は議会を解散させることができ、その結果総選挙を行って首班を交代するかどうかを国民に問いかけることになるのです。
従って、日本ではアメリカのように議会による行政の長への直接のimpeachはできないのです。

アメリカと比較した場合、日本では国民が選挙以外に権力へのチェックが直接できる制度があります。

それは国民が投票によって最高裁判所の判事を罷免することができる、最高裁判所裁判官国民審査という制度です。

しかし、その制度が、実際にどこまで浸透しているか、我々は考えなければなりません。
日本人は、裁判所は無色透明で、全ての裁判官はあたかも機械のように法に従って判決を下しているだけだと思っているように見えてなりません。

しかし、法の判断を人間がしている以上、それが正当に行われているか国民は常に見つめてゆく必要があるはずです。
それは、日本での唯一のimpeachを可能にする制度なのです。

日本でも三権分立の原則に則って、裁判所には国会の立法行為が合憲かどうかを審査する権限が付与されています。こうした裁判所の機能がちゃんと動いているかを国民がチェックできるというわけです。
今回のアメリカでの連邦最高裁判所の判断の重さをみるとき、日本人も自らの司法制度を振り返ってみるべきです。

トランプ大統領がimpeachされるかどうか、さらに今回の中東諸国からの入国制限についての最終の詳細がみえてくるには、まだ時間がかかります。

しかし、アメリカでは少なくとも国民と行政、議会、そして裁判所との距離感が、日本よりははるかに小さく、国家の制度の一つ一つの動きに国民の目が向けられていることは事実のようです。

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