世界には美しい場所がたくさんあります。

それらは世界自然遺産や世界文化遺産として、保護されています。

オートラリアにある巨大な岩、エアーズロック(Ayers Rock)やアメリカにあるグランドキャニオン(Grand Canyon)国立公園などは非常に有名です。

エアーズロック
Ayers Rock / Australia

しかし、世界には悲しい遺産も数多く築かれてきました。
日本の原爆ドーム(広島)はその最たるものかと思います。

原爆ドーム
Hiroshima Peace Memorial (Genbaku Dome)

今日のふじもん先生の旅の名は、世界の「負の遺産」を巡る旅。


チェルノブイリ Chernobyl(ウクライナ Ukraine)


チェルノブイリ

史上最悪の原発事故現場に来た。

今は、ただの「ドーム」か「工場」にしか見えない。

恐ろしい「放射能」が存在しているはずなのだが、それも見えない。

見えない、何も見えない。

あの「吹き飛んだ4号炉」も見えない。

かつてのような「防護服を来て必死に作業をする人々」も見えない。

どうやらそれが、「チェルノブイリの今」のようだ。
この「見えない」チェルノブイリから、
僕たちは何を「見れば」いいのだろう。

僕は必死に見ようとした、あの福島のことを考えながら。
でも僕には、何も見えなかった。
それは本当に「見えないもの」だから見えなかったのか、
それともそれはそこに「在る」のに、僕には「見えていない」だけなのか。

1986年4月26日
もしかしたらあの日から、
全ては「見えない」ものになっているのかもしれない。


アウシュビッツ収容所 Auschwitz concentration camp (ポーランド Poland)


アウシュビッツ

みなさんは、アウシュビッツ強制収容所をご存知だろうか?
第二次世界大戦中、ヒトラー提督率いるナチスドイツの人種主義による絶滅政策により最大級の犠牲者を出した収容所だ。
収容された90%がユダヤ人(アシュケナジム)であり、強制収容所到着直後70~75%がガス室で命を落とし、またガス室を逃れたとしても非常に過酷な労働を強いられ、多くの人命が失われた。

ダビデの星が描かれた衣服を身にまとい、イスラエルの旗を振りながらアウシュビッツの敷地内を練り歩くユダヤ人の若者たち。

ユダヤの人々が歩んできた、凄惨な歴史。

アウシュビッツは、そんな歴史の象徴的な場所だ。

ダビデの星

だけど、パレスチナの地に行くと、
今度はユダヤ人が「凄惨な事件」の犯人側となる。
「私はユダヤ人を許さない。私の村は全てユダヤ人に奪われた。」
そう語るパレスチナ人に何人も出会ったことがある。

誰が良いとか悪いとか、何人が正しいとか間違っているとか、
そんなことを言いたいのではない。
言いたいことを言葉で言えない、その感覚。

逆に言葉にすることで、その範囲内にまとまってしまう。
言葉にならなくていい。

人間とは、いったい何なのだろう。
性善説とか性悪説とかあるけれど、
俺たちの存在はそもそも善なのか悪なのか。
世界を流れ、
色んな人に触れ、
今そこにある現実に触れていると、
この「人間」ってやつが分からなくなる。

困っている人に手を差し伸べる優しき存在もきっと「人間」」だし、
残虐の限りを尽くす狂気の存在も、またきっと「人間」なのだろう。
今ここにいる俺は、どちら側の「人間」なのだろう。

そもそも人間に、そんな差はあるのだろうか。
旅は「人間」を問い詰めさせてくれる。
だから俺は、「旅」が大好きだ。


ボスニア紛争 Bosnian War(ボスニアヘルツェゴビナ Bosnia and Herzegovina)


墓
ボスニアヘルツェゴビナで泊まった安宿のご主人ザキさんは、
あの内戦で、2発の銃弾を受けたと言っていた。

だけど、
その笑顔は真に優しかった。
かつてのオリンピック競技場は、
埋葬しきれない人々を埋めた広大な墓地になっていた。

通りを歩く。
探すまでもなく目に入ってくる、弾痕が残る数々の建物。

1993年。
あの悲劇は、ついこの前のことなんだよな。

ザキさんと街を歩いていると、
「ここのお墓に俺の友人がいるんだ。」
「この先にもいる。仲の良い友達だったんだ。」
そんなことを、平然と話してくれる。

僕は思い切って聞いてみた。
「ザキさんは、すごくつらい過去を過ごしてきましたよね。
今は・・・心は大丈夫なんですか?恨みや憎しみはないんですか?」

ザキさんは、こう答えてくれた。
「僕が生き残った理由は、
恨みや憎しみを後世に伝えるためなんかじゃないと僕は思っている。
僕には使命がある。この思いを胸に、この悲劇の真実を伝えていくこと。
今はもういない友人のためにもね。
だから僕は世界中からやってくる旅人を大事にしているし、
はるばる日本からやって来たマサキにも色んな話をしているんだ。」

190cmはあろうかという大きな身体とそのたくましい腕で
僕の肩をバンバンと叩き、豪快にビールジョッキで共に乾杯をした。
優しい眼だった。

戦争を生き抜くということ。
僕にはその体験はないけれど、
そんな体験などしたくはないけれども、
今も世界中で戦争は起きてしまっている。

そんな世界は、戦いを経験してきたザキさんの眼には
どう映っているのだろうか。
愚かな人間どもが貪り続ける腐った世界なのか、
賢明な人間が創り上げるであろう明るい未来が感じられる世界なのか……

正直僕には分からないけれど、
どうせ「世界」を生きるなら、
明るい未来を信じる方がいい。
まずはとにかく「未来」を信じてみよう!!


藤本 正樹(通称:ふじもん先生)

スキー選手として活動中トレーニングで訪れたニュージーランドでの経験に心を揺さぶられ、引退後アジア地域を中心に世界を放浪する。帰国後、公立中学校の教諭となるが、2013年に再び世界一周放浪の旅へ。世界5大陸縦横断、100を越える国と地域を訪問。2017年「株式会社グローカルアース」を設立。「こどもの王国保育園」を開園。最終目標は世界平和の実現。






●核の悲惨さを世界に発信するために、英語のスピーキングテストで英会話レベルを測ろう●
speaking_english
英語が話せるようになるテストE-CAT(イーキャット)のすべて-スーパーコンピューターの彼女と英語猫編



このエントリーをはてなブックマークに追加